過去記事掲載のアナウンス: ミルトン@BN東京 ― 2007年05月20日 00時29分

空白期間が長かったので、その時期にあったことを書くときはその時期の日付で記録しようと思います。表示順の関係上、下の方になってしまうので、載せたときはこんな感じで「載せました」告知をします。

というわけで、ミルトン・ナシメントはこちら:

http://hyomisphere.asablo.jp/blog/2007/05/01/1518914

平和を希求する自立した国家であれば、いいじゃない。 ― 2007年05月20日 00時08分

岡崎なんとかという安倍首相のブレーンらしき人が、集団的自衛権を憲法は認めていないと言い続けてきたのは役人の解釈にすぎないのであってうんぬん、とTVで喋っておいででしたが、はしたないというか品性がないというか、そう思ったのは気のせいだけではないでしょう。

「もし女房が殴られてたら見て見ぬ振りをしろってことですか?」

米国は女房でも身内でも、ないですよ?

ていうより、集団的自衛権を簡単に絵にでも書いてみればわかりそうなものです。気に染まないながらもやり手の隣人がいて、何かと付き合うことになったとします。ある日、そこの長男が喧嘩っ早くなってあちこちで喧嘩をふっかけ、そのうちやり返されて傷だらけになりました。さて彼のためにあなたは反撃に行きますか? 行ったら間抜けですよね。そんなの、自立したいいオトナのすることではありません。

戦争をふっかけてもいない平和友好的な国が一方的に戦争をふっかけられたときにどうするか? それは集団的自衛権などという連座制みたいな妙なものを持ち出さなくても対処できます。良識ある国際社会の構成員としてどうするか、「平和を希求する一個の自立した国家」として考えればよいのです。

妙な議論を「首相の私的諮問機関」とかいう制度的にグレーな方法で進めているので、要注意です。

http://www.asahi.com/politics/update/0518/TKY200705180104.html

声が小さいのが気になったこと。 ― 2007年05月13日 22時14分

3月下旬だったはずです。
「沖縄戦での住民集団自決で、日本軍の強制があったとする記述は不適切」とする教科書検定意見が出た、と聞いて、耳を疑いました。
で、なんで…と思ったものの、意外なほど騒ぎにならない。

気になりながらも、日々は流れていきました。

で、もやもやしていたのですが、きしさんがこのたびまとめて下さって、かなりすっきりしました。感謝を込めてリンク。

http://sociologbook.net/log/200705.html#eid131

何が正しいかを考えるなら、こちらを読んでから。

ゆううつだったこと@統一地方選のあと。 ― 2007年05月13日 21時59分

えーとですね、確かあれは都知事選明けの月曜のその翌日だったはずです。通勤の車内の中吊りに、この映画の広告がドーンと出ていました。

http://www.chiran1945.jp/

石原慎太郎のコメント付き、それも自署付きで。

石原でもいいんじゃないの、って投票した人の中には、これ見上げて「しまった」と思った人も多かったんじゃないでしょうか。

なんか愚弄されてるって感じがしましたです。

映画の内容は、後から調べるとそんなに偏ったものではなさそうでもありますが、特攻の若者を死にに「行かせた」側の責任は描かれてるんでしょうか。少なくとも石原コメントを読んだ限りでは、気がかりです。

*

さて、ぼさっとしてないで、自分のやるべきことをやらねばということで、こんな感じでまたぼつぼつとまいります。

オトーサン(本名Milton) との再会。 ― 2007年05月01日 23時59分

どうもソシオエコノミックなエントリに偏りがちなのですが、元々「音楽があったら何もいらない」人だったことを思い出しつつ。そうです、Milton "オトーサン" Nascimentoが再来日したので行って来ました(なんで「オトーサン」などと呼ぶのかは前回ライブレポート参照)。にしても、こんなに高かったっけ? と支払ってから思う体たらく。コスト高いと、聴く心構えも何だか余分に緊張してしまいます。

実際、ステージに立つMiltonを見て少し心配になりました。付き人がギターを掛けたり外したりしてあげてる。結構体が弱ってるのかな…と思いきや、お腹の底からストーンと出る張りのある声は健在。終盤には客席にスキャットを唱和させ、なじんで来たところで力強いソロで"Girou---!"と重ねてきたときにはもう鳥肌が立ちました。やはり聴きに来てよかった。

今回はバンドも前回より安定感もあってグルーヴも良く、その意味でも乗れました。ちなみに、別の日のものですがプレイリストはここ。なべぞうさんご同行ありがとうございました。

充実の休日(2): ブルーノートでバートン教授に会う。 ― 2006年05月30日 23時55分

…というタイトルですが、その合間の話を少し。

息子は夕方から週に一度の塾があるので早めに帰宅して送り出し、そのあとは出掛ける時間までピアノの練習とアイロン掛け。アイロン掛けの話なんて誰も頼んでませんかそうですか。というわけで、ピアノはソナチネアルバム、『領分』、ラヴェルのソナチネと難易度も傾向もバラバラなものを少しずつ。ラヴェルなんてちょっと無茶なんですが、ハードルの高いもので少し消化力を鍛えないとって感じです。最近こんなメニューで改めて認識を深めている課題は「左手のアルペジオ」。これがとことん弱いです。指がつられる、もつれる、当然音価が均等にならない。でもこればっかりは訓練あるのみ、指を独立させるエクササイズでコントロールの精度と筋力を上げるしかありません。というわけで最適な教材としてラヴェルのソナチネ最終楽章、ソナチネアルバムのハイドンなどを繰り返し。腕の筋肉がカッカと熱いです。

と、ひとしきり弾いてアイロン掛けて(だからそれはいいってば)、おもむろに出掛けて青山のブルーノートに向かいます。2nd showなので集合は20時半。ご近所仲間の編集者Mさんとそのご同僚のサイクリストの方と3人で。この同僚の方のご尽力により、中央前から2列目という絶好のテーブルで楽しめることになりました。ありがとうありがとう。この席だと、ポップス系のときはわかりませんが、ジャズなら生音やモニタスピーカの音が直接席に届き、よりリアルな肌触りの音が伝わるんですね。すごかったです。もちろん、演奏は何しろバートン、メセニー、スワローそしてサンチェスという強者揃いですから申し分ないです。背筋を伸ばし、肩から先はリラックスしてしなやかに全身でしなりながらビブラフォンを叩くバートン、カッコ良かったです。威厳のある佇まいは「教授」といった感じです。メセニーは途中わりと抑え目に思えましたが、ラストでギターシンセに持ち替えたときはいい感じにはじけていました。楽しそうな笑顔で全力で弾きまくる、やっぱりメセニーは永遠のギター小僧です。神っていう人も多いんですが、むしろいたずら天使。

そしてそして、本日何より収穫だったのは、スティーヴ・スワローというベーシストを見られたことです。この、ともするとご隠居風の老紳士は、細くしなやかな指でタッピングノイズ一つ立てずに、速いパッセージを無類の正確さで紡いでいくのです。それも、リリカルに。よく見るとピックで弾いているのですが、それが嘘のような自在で表情豊かで柔らかなタッチ。彼のプレイを最大限に生かす、セミアコボディのエレキベースのふくよかな音。早速ベースの買い換えを決意しましたよ(笑)。スワロー作曲の"I'm Your Pal"も優しさにみちた素晴らしい曲。元々彼のことを知ったのは、彼が作曲した不世出の名曲"Falling Grace"がきっかけだったので、ソングライターとしての比類なさも改めて確認した次第。すごいお方です。

ただでさえお値段高めのブルーノート、しかもこれだけの豪華メンバーだったのでちょっと半端じゃない出費でしたが、それだけのこと以上だったなあと満ち足りた気分で家路につきました。それに、多分この組合せの公演はヘタすると二度と聴く機会がないかもしれないし…。音楽って一期一会です、本当に。

充実の休日(1): 展覧会に行く。 ― 2006年05月30日 23時55分

息子の学校が休校日なので、休暇を取って付き合うことにしました。こういうきっかでもないと、なかなか休む踏ん切りがつかない状況というのはさておき、一旦休んでしまえば清々しい開放感です。唯一、日曜から続いている風邪っぽい頭痛が悩ましいところですが、ここは体のリフレッシュより心のリフレッシュを優先。土日に行ったら大変な目に遭いそうな「プラド美術館展」(6月末まで・上野の都美術館)に出掛けました。

以前スペイン旅行をしたときはまだ息子が小さくて、とても美術館など行けなかったので、この展覧会を見るのはその埋め合わせみたいな部分もあるのですが、息子がイヤホンガイドも要らないと言い、一人で上手に人混みをすり抜けて作品解説を熟読しながら鑑賞するさまにはしみじみと歳月を感じてしまいました。

それはさて置き。この展覧会、5つのパートに分かれていましたが、個人的に収穫だったのは第1部のスペイン黄金時代のバロック絵画。リバルタ、リベーラといった名前を知らなかった画家の素晴らしい作品に出会えたのが特によかったです。エル・グレコやベラスケスもいいのが来ていて、堪能しました。一方、ティツィアーノはあまり趣味ではないなあと思ったり、フランドル絵画やロココやゴヤ作品はあまりいいものが来てないなあと思ったり。そんな緩急はありましたが、トータルでは見応え十分の展覧会でした。

にしても、リバルタやリベーラの人物表現における繊細な光の扱い、陰影、何人かの画家によるボデゴン(静物画)の、デザイン的とも言える抽象化された構図の端正さ。圧倒的な美って素晴らしいです。こういうものに接すると、日々の些事なんかさて置き、もっと自分も美のために時間と労力を注ぎ込むべきなんじゃないか、と強く思います。…うーん、もっと音楽したいし、文字作品ももっと高いところを目指したいもんです。

展覧会を見終えて昼食は何か買って公園内で、と思ったんですがあまり食指の動くものがなく、足の向くまま街のほうへ下りていき、結局「伊豆栄」でうな重という思いがけない贅沢コースとなりました。地理に明るくない上野界隈で、唯一知っている「名店」がこの池之端の老舗だったのです。でも池を見下ろす明るい店内でいただく鰻は、甘さを抑えたたれの味がふっくらした身の風味を引き立てて、美味しゅうございました。

がんばれ女の子、がんばれ男の子。 ― 2006年05月27日 14時37分

先週だったか、とある穏やかに晴れた週末。

家の前で息子が近所の同級生の女の子と、黒い厚紙に虫眼鏡で光を集めて遊んでました。時間のかかる遊びなので、とりとめもなく雑談しているようのですが、ふと覗いてみたらこんな感じのやりとりが(一部おぼろげ):

女の子 「で、そんなやり方でほんとうにできる?」
息子 「えー、いやー、その…」
女の子 「やっぱうまくいかないんじゃないの?」
息子 「うーん、まあ、そうかも…」
女の子 「あんたは、いいかげんだねえ。ほんとうに、いいかげんな人ですねえ。」
息子 「いやー、まー、うーん…」

事の仔細はわからないのだけれど、普段から調子良く知ったふりをしがちな(という、ある意味とても子供らしい)息子の最近の傾向を知っているだけに笑ってしまいました。こうやって適切に突っ込まれて鍛えられてオトナになっていけたら、それはとても良いことだなあ、と。お調子者もしっかり者もいて、それぞれのキャラでさんざんボケたりツッコんだりすればいい。がんばれ女の子。がんばれ男の子。きっと楽しいオトナになれる。

言葉の選択には気をつけたい… ― 2006年05月02日 00時47分

いきなり何かと思うでしょうが。
某化粧品会社(S社)の新しいブランドの名前が、

 化粧惑星。

…。
やっぱり、ちょっとどうかと思います。企画会議で誰も気がつかなかったんでしょうか??
言葉選びには細心の注意が必要です。

…わからない方すみません。何ぶんにも下世話な話なのでご容赦を。

東横の暖簾。 ― 2006年02月10日 20時52分

また些事ですが、東横イン事件で気になること:

東急グループは迷惑してるようですが、商標権の訴えを起こしていなかったんでしょうか。

それとも「東横のれん街」は商標登録してないのかな?

いずれにしても、お粗末。高知東生(元・東急)を訴えてる場合じゃなかったのではと。