というわけで昨日、ベーシストデビューの日を迎えました。練習を重ねるにつれ、段々とフレージングの「勘」が戻ってくるのがわかり、それは楽しかったです。思えばバンドやユニットをやっていた頃は、間奏部やエンディングに変化をつけるために、同じコードに対してどんなフレージング、どんなリズムパターンを充てるかについて常にアタマを使い、指を動かしていたわけで(まあ、ベースではなく主にキーボードですが)、その感覚が呼び覚まされて来る感じはそのまま「音楽のヨロコビ」を取り戻す過程でもありました。ちと大げさですが。
本番前にみねぎし氏と雑談している中で、他のアートや美的体験と比べて音楽のほうが「直接的」な感じが強いのではないか、という話になりました。これは、音が物理現象だということ、時間を伴う体験だということに深く関連しそうなのですが、更に一歩踏み込むと、実は音楽が非常に数学的な裏打ちをもって成立していることとも関連性があるんじゃないか、という気がします。もっともバルトークの言う黄金分割やフィボナッチ数列のようなメソッドになると、本当にどこまで有効かは微妙なところがありますが、そこまでカッチリした理論でなくても、たとえば前段で触れたような「構成」の考え方、これは音楽の土台にしっかりと存在します。どんな構成にするかについて「これしかない」という唯一の解はありませんが、どの解を選ぶかはちゃんと意思をもって選び、かつその意思に沿った戦略をもって細部を仕上げに掛からないと音楽は破綻します。そんなふうな音楽だからこそ、作り上げる過程というのは、何か隠された法則を探し当てるような気がしてとても楽しい。物理現象だということとは別に、何か「直接的」なものだと感じるのはこのためでもあります。
それにしても、こうした構成についての感覚や知見は歳を重ねるほど深まるのに対して、演奏技術のほうは下降しているという現実に毎度直面させられるのが何ともカナシイです。以前、ピアノについてそんなことを書いたのですが、ベースも同じです。今回せっかく良いきっかけを得たのだから、もう少し技術的なキャッチアップを図ろうと思います。うーん、そう言えばこれが新年の目標?
さてさて。肝腎のライブはどうだったかと言うと。初めて行ったハコだったのですが、こぢんまりとした、趣味のいい内装・照明の、とても居心地のよい空間でした。リラックスした気分で本番に臨みました。全5曲。みねぎし氏のギターの弦が切れるという想定外のハプニングで、MCも考えていなかった仁さんと私はとりあえずの即興BGMで場を繋ぐという場面もありましたが、本番が一番いい出来だった曲も2、3あったと思います。悪くはなかったんじゃないでしょうか。気持ちよくビールで乾杯できました。その後は、ご来場のマンジュさん、間に合わなかったらしいシンジさんを交えて河岸を替え、めまぐるしく色んな話題で盛り上がったのですが、何せ終電があるのでお先に失礼!した次第。千葉県は遠いなあ…翌日全く用事がなければ、夜通し飲みたいくらいだったのですが。ざんねん。
追伸: あらためて、楽器って体力使いますよねー。いやその、運ぶためにでなく、弾くことで、です。毎日のストレッチが非常に重要だったわけでして。というより、鍛えなきゃ体。
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