7ヶ月ぶりのご無沙汰でした。2005年10月06日 22時46分

わがだいこんの里の民間委託化計画は、保育園の委託が大紛糾していますが(繰り返しますがこれは行政の責任です)、私に直接関係する学童保育事業についてはこれまで動きが見えませんでした。労使交渉のスケジュールもあるので、絶対に6月の議会で出ると踏んでいたのが何も出ず、どうなるのか…と思っていたら9月に発表になりました。しかしですね、その内容が驚きです。なんたって、
既存の学童クラブを1か所、来年4月より委託する。委託先事業者は、隣接する母子生活支援施設の事業者とする。
って、言うんです。あの… なぜプロポーザル公募をしないんです?

民間委託化の狙いって、コスト削減と(これはあんまりやると絶対に質が低下するので個人的には疑問ですけど)、あとは民間活力の導入でサービスを充実する、ってことですよね? これは区自身最初から大目的として掲げているわけです。で、委託業者を公募せずに指名する、というのはまるっきりこの目的に反するじゃありませんか。しかも「隣接する施設の運営業者だから」って、そんな考えなしな理由がありますか…。その業者は学童保育など保育事業の運営経験は、確かないはずです。さらに言うとこの委託対象の学童クラブ、60人という超大規模のクラブです。委託の手始めというのにそんな大きなところから始めちゃって、しかも委託先指名なんかで本当に大丈夫? てなもんです。

要は来年(H18)4月に何がなんでも既存クラブ1か所の委託実績を作りたいから、ってことで決めたとしか思えないんです。この調子でやられたら、委託化イコール行政責任の放棄ってことですよね…というわけで、これまでちょっと寝かせていた、委託化に関する区長宛要望書の連名をとりまとめ、区役所まで提出しに行って来ました。行きましたとも。

しかし振り返ると前回、区議会の会派巡りと担当課長訪問に行ってから、はや7ヶ月。もちろん、その間は学童クラブ新設の件で他の父母たちが代わる代わる行ってはいるんですが、全て仕事を休む段取りがつかなくて行けずじまい。今回は、とりまとめをしたのが自分ということもあるので、午前だけ休んで無理やり行きましたが…きつかったー、です。

折角なので区議の方々を訪問し、こちらはクラブ新設の陳情のプッシュをお願いしたのですが…半年前とは随分な様変わりでした。委員会の再編があって、陳情を扱う委員会の委員長が自民になったということもあるのでしょうが、ともかく「委員長が議題を決めるので、議題として下りて来ないと手が出せない」と皆さん仰るんです。確かに、制度としてそうなってはいるので、理屈はわかるんですが、副委員長を務める公明の方までが、委員長、委員長と仰るのにはさすがにちょっと驚きました。もう少し「私からもお話ししましょう」とか言ってくださってもよさそうなのに…そんなに委員長権限って強いの…。ひょっとして先だっての総選挙の結果が後押ししてそんな勢力関係になっているのかも知れない、とも感じました。うがった見方かもしれませんが、そうだとするとつくづく総選挙の結果っておそろしいです。

こうやって区議の方々や区の担当課の方とお話しするたびに、やっぱり地道に意見を伝え、話し合うことが大事だなあ、とは思うのですが、半年に1回くらいしかそういうことをしに行けない自分の立場が歯がゆいです。いや私だけならまだいいんですが、他の父母会メンバーにしても事情は同じことで、今回は数日前に声掛けをして同行者を募ったものの結局またしても単独行。そりゃ仕事を持っていればそうそう簡単に休暇の工面はつかないです。でも当事者が声を届けなければ、了解しているものと見なされ、政策は進められてしまうんですよね…。「忙しい人々」とか「忙しい世代」はいつも、黙って言われたままにするほかないんでしょうか。しかもたまり兼ねて声を上げれば「福祉を受けてるくせに要求ばかりしやがって」なんて非難が飛んで来たりもします(実際、駅頭で署名集めてたら、身なりのきちんとしたおじさまに思いきり悪罵された、なんて話をいくつか聞きました。全く、何て品のない…)。われわれが享受している子育て支援は、世間にも行政にも「施し」だとしか思われていないのかと、ときどきかなしくなります。…でも、疲れてばかりもいられない。これはあくまでも、子どもたちにどんな社会を残すかのたたかいなんですから。うん。

デジカメ!2005年10月08日 00時14分

今頃ですがようやくデジカメを配備しました。いやホント今頃って感じですよね。それまでどうしてたのかと言うと…あまり写真は撮らなかった、それだけです。行事や行楽の記録を撮るのって、面倒くさくて。だってその時間を何より楽しみたいじゃないですか! 写真を撮るのは、できるだけ写真自体が目的のときだけにしたいです。そうなると益々ただのコンパクトカメラの出番はなくなり、PCに取り込めるデジタルがいいねえ、ということになり…じゃあもっと早く買えよ!<自分

photoともあれようやく買いました。嬉しくて嬉しくて、何か撮って試したいのですが何しろ平日昼間は時間がない。仕方なく夜、テーブルの上を見やると…別にたいしたものは並んでないのですが、デジカメにはマクロレンズ機能がついていたじゃないですか! これだ! というわけで実にくだらないもので試し撮りをしてみたのが、この写真。どうです、このシズル感…て、まあ、どうってことないですね。はい。

ソロ遠足。2005年10月19日 21時59分

週の後半に予定されていた打合せが1週間延期になり、その分自分のワークの納期も延びたので思いがけず少し余裕ができました。そこで急遽思い立って休暇をとり、リフレッシュすることにしまた。どうせまた来週からは忙しいので、ここらで心に栄養、心に水やりです。

さて、そうは言うもののどこへ行こう? 突然降って湧いた休日、かえって何をしたらいいのかわからないもんです。ただ、散歩好きの身としてはどこかぶらぶら歩き回りたいなあと、それだけ。ここしばらく美術館も行ってないし、と思って最初は木場の現代美術館でイサム・ノグチ見て清澄庭園見て深川巡り…と思ったんですが、どうも気分は街歩きではないことに気づき、下りの電車に乗る方向で再検討。緑豊かで、自分にとっては目新しい…という視点で探していたら、見つけました。西武拝島線の玉川上水駅。そうです、上水沿いの散策を楽しんだあと、まだ乗ったことのない多摩モノレールに乗って南へ下ろう! ちょっと「鉄分高め」のプランですかそうですか。でも未知の鉄道で見知らぬ風景ってのは、いつになっても良いものですよ。まあ、多摩地区の多くは見慣れた風景ですけど、東西の交通網ばかり発達しているので、南北に走るという体験は新鮮です。

photoさて。玉川上水駅は、本当にすぐ横を玉川上水が流れています。昼なお暗き、と言っても誇張ではない、鬱蒼とした木々に覆われた上水はちょっとした秘境です。実は、この一帯のみならず、もっと下流でも玉川上水沿いには素敵な散策路があちこちにあります。小金井公園の横、三鷹駅から境浄水場にかけてなどは、とても都心から数十分とは思えない豊かな緑と水音に恵まれた憩いの場です。小平あたりも、私はまだ行ったことがありませんが、とても気持ちよさそうです。

ということで、電車の下りの向き、上水の上流方向へ少し歩いてみました。photo ユーミンの「悲しいほどお天気」に出て来る「上水沿いの小道」は小平の武蔵野美大周辺と思われますが(そう言えば出身は多摩美ですよね…わざわざ取材した?)、きっとこんな雰囲気なのでは。この雰囲気なら「絵を描く私たち それぞれ一人にさせた」のもむべなるかな。それにしてもこのフェンス、景観的には今一つですよねえ。でも玉川上水と言えば、三鷹のほうでダザイ先生が事件を起こした過去もあるので止むを得ません。

ぷらぷらと片道15分程度を行って戻り、多摩モノレールに乗ります。南北に走る路線で10分おきのダイヤというのは、十分便利なのでは。かくて一路南へ。モノレールは両側にフェンスもなく、上空に架線もないので、本当に空が広い。遮るものなく武蔵野台地を360度見渡しながらミドルスピードの旅、これは結構快適です。

立川で一旦降ります。昭和記念公園へ行く時に乗り換えで通ったりはしてるのですが、駅の外へ出たのは何年ぶりだったか。その変貌ぶりに思わず目を白黒です。いや黒白かもしれません。photo伊勢丹だの高島屋だのその他諸々の大型ショッピングビルが、しかもピカピカの新品で立ち並び、しかもそれらが全部歩行者デッキでつながっていて。いくら歩いても歩行者デッキから地上に降りずに行けてしまいます。で気がついたときは、ファーレ立川というらしいんですが見知らぬビジネスパークに一人さまよっている有様。未来都市ってちょっとこわいです。そうそう、未来都市と言えば、モノレールのある風景って、なかなか未来的かもしれません。ビルの間をくねくねと縫っているモノレールの線路というのは、ちょっと浮世離れした絵面ではないかと思います。…でも東京モノレールのある風景って、そうでもなかったような。製造年月日が古すぎるせいでしょうか。

軽くラテとサンドイッチのお昼をすませて、ふたたびモノレールで南へ。多摩川と浅川が合流するあたりを越えていきますが、広々としたよい眺めです。越えると高幡不動です。ここも来たことがなかったので降りてちょっと散策。お不動さんには交通安全を祈願しておきましょう。そういえば先日事故現場見ちゃったりしたし、くわばらくわばら。おまじないが間違ってるかもしれません。そして裏の山に廻らされた散策路へ。本当は山あじさいの季節がいいらしいのですが、この季節も緑豊かでなかなかよかったです。

まだ夕方まで時間があるので、さらに南へ向かうことにします。ここから先は丘陵地帯に入るので風景は一変。トンネルがあったり谷あいだったり。明星大と中大の巨大建造物群の間を抜ける感じもシュールです。かくていくつか谷を越え山をくぐり、終点の多摩センターへ。…知ってはいましたが、微妙に緩みつつある感じの街ですねえ。広々とした感じが開放感、活気へつながっているというよりは、静かさを強調してしまうような。駅前から続く広いプロムナードの坂を登り切ったところにある「パルテノン多摩」の寂寞とした感じが何とも言えません。

photoなんて言いつつ実はパルテノンに来てみたかったというのが目的の一つだったり。実はこの日、道連れが一人(?)、おりました。買いたてのデジカメで、ちょっとこいつを写真に撮ってみたかったのですが、自宅のテーブルってのも背景が今一つ、それじゃあと連れ歩き、ロケハンしておりました。その候補地の一つがここ、かのパルテノン多摩だった、というわけです。で、色々撮ってみたのですが、黒御影なんでしょうか、しっかり絵になるステージにこいつを乗せてみると、ちゃんと記念撮影らしくなりました。まあ、事情を知らず写真だけ見ると「このロボットは何しにこんなところに来たんだ?」ではありますが…。photoそうです、先日アップした横浜プチ旅行の記事に使ったロボットの写真は、このとき撮影したものの切り抜きです。縮小せずトリミングで切り抜いた分、あっちのほうが画質はよいですね。

そんなこんなで間もなく夕方の5時。正午からのひとり遠足も終了の時間です。上り電車には帰宅時刻らしい雰囲気が満ちつつありました。池袋に寄って新しいメガネを引き取り、東武デパートのSwatchショップに寄ってから帰宅。そうそう、時計も収穫があったのですが、その話はまた機会があれば。惚れ込んだデザインの廃番品に出会えてホクホクです。

[後日談] …とリフレッシュしたはずなのですが、なぜか翌日から突発のトラブルに見舞われ、結局は休暇をとった分だけ毎日遅くまで残業する羽目に。あっという間にリフレッシュ気分のストックを使い切った感じです。もったいない!

プレイリスト自家中毒。2005年10月24日 23時32分

音楽のある生活を送ってはいるのですが、新しいものや見つけたものについて興味深い論評を書くなんてことができるような聴き方ではない昨今です。とりあえず、手許にあるものや、以前から気にしていてようやく購入したり借りたりしたものをiPodに取り込んで仕事の行き帰りに聴いている、そんな感じです。

で、ただ全曲ランダムで鳴らしても、気分にそぐわない曲が出るたびに飛ばすのが面倒なので、大雑把にですがラベリングして保存し、そのラベルごとにランダムプレイができるようにしてあります。ラベル名は"adrenalin" "catchy" "distance" "joy" "massive" "pathos" "smooth" "tender"となっていて…もちろん他人には何のことやら、ですが、一応これで何となく気分に合わせて選べるようになってます。 もっともラベリングが雑なので、意外なテイストの曲が出てきて「!」となることも、よくありますが。

出番が多いのは、明るくハッピーな気分になれる"joy"、テンション上げる"adrenalin"、クールダウンできる"tender"、それから何の気なしに聴くのに丁度いい、調子のいい"catchy"あたりでしょうか。遥かな風景が浮かぶ"distance"や、ナイトドライビングに良さそうな(私はドライブしませんけど)"smooth"、ちょっとトリップな感じの"massive"も、用途限定で愛用してます。

そんな中、あまり出番のないカテゴリが一つだけありました。"pathos"。これ、端的に言うと「泣き」の曲が集められてます。しかし、そういうタイプの曲ってあまり積極的に聴きたいと思うことがないんだなあ、ということに、ランダムプレイするようになって気がつきました。泣きのバラードが出てくると「うっ」と思ってスキップボタンを押してる自分に気がついたときは、何だか新鮮な発見でした。どうも世間と音楽の聴き方が違っていると思ったけど、これだったのか…という感じで。

決して、音楽に感情を揺さぶられることがきらいという訳ではないんです。揺さぶられる、ということであれば"joy"や"distance"といったカテゴリの曲にも、感情を揺さぶるものはあります。ただ、揺さぶる方向が違うのかな、と。「泣き」ってカタルシスですよね。感情が高まったり、遥か遠くへ届くのは好きでも、カタルシスですっきり、というのはあまり好きではないらしい、というか得意ではないらしい、みたいです。

そんなふうに思っていたある日、この"pathos"のプレイリストを一度試してみようと思い立って、暫くこればかり掛けてみました。すると…聴いてる間は結構いいんです。おお、泣けるねえ、と。ところが、その後がよくない。何というか、感情的なリバウンドが来ます。抜け殻、というと大げさですが、そんなような。気がついたのですが、この感じは「酒で鬱憤を晴らす」という行為に似ています。お酒で日頃の憂さを吹き飛ばしてスッキリできる人もいれば、その時間は良くても醒めると自己嫌悪してしまうという人もいます。考えてみれば私は後者でした。なるほど、泣きのバラードを大量に聴いたりはできない体質なわけだ…と、妙に納得したのでした。

ちなみに、この"pathos"のリストに含まれる代表曲として、aikoの「カブトムシ」や宇多田ヒカルの"Final Distance"などがあります。大体感じがつかめるでしょうか。